
昔の日本には、「酒は人を和ませる魔法の水」みたいな時代があった。
仕事終わりに一杯ひっかければ、上司の説教も「まあいっか」で流せた。
居酒屋の赤ちょうちんが灯れば、「今日も一日おつかれさま」という合図みたいだった。
盆暮れ正月は日本酒で乾杯し、花見ではビールを片手に桜を眺めた。
酒は、怒りを柔らかくし、孤独を溶かし、人と人の距離を一気に縮める“潤滑油”だった。
ストレス社会のギアを空回りさせないための、大切な逃げ道だった。
誰もが「ほどよく飲んで、ほどよく笑って」、なんだかんだ平和にやっていた。
あの頃は、誰も思わなかったのだ――この幸福が“ある日突然終わる”なんて。
気づけば飲酒に厳しい昨今

最近の社会は、とにかく酒にきびしい。
「酒は百薬の長」なんて言葉はもう死語で、今や
「酒は百害の元、百害の証拠、百害の前科」みたいな扱いになってきた。
昔はさ、飲んでフラ〜ッと自転車乗って帰っても、
「まあ気をつけて帰りなよ〜」で済んでた。
なのに今はもう、ちょっとでもフラついたら
“人類の敵”みたいな目で見られる。
おい、そんなに言うなら言わせてもらうぞ。
節度をわきまえない酔っ払いよ、てめぇのせいだ。

静かに酔って帰れば良かったのに、調子に乗って
「ヒャッホー!俺は無敵!」
みたいなテンションで事故ったり、暴れたり、交番に突撃したりする奴がいるから、俺たち全員が巻き添えだ。
てめぇのせいで酒への信用は地に落ち、そのうち社会はこう叫ぶようになるだろう。
「飲酒歩行は危険!逮捕だ!」
「自宅飲酒も危険!監視だ!」
近未来の禁酒法社会

人々は表面上「健全な社会!」とか言いながら暮らしているが、心のなかはトゲトゲ。
仕事のストレスは解消されず、言葉は荒れ、家庭はギスギス。
「ちょっと一杯やって落ち着くか」ができない社会なんて、いったいどんな精神修行なんだ…。
夜になると、薄暗い路地の奥で、「こっちに来な…いい酒あるぜ…」みたいな声が聞こえてくる。
販売元はもちろん“アンダーグラウンド酒造”。資金源は暴力団に流れ、犯罪は増加。「飲みたければ臓器を売れ。」と。
あの優しい居酒屋のお兄さんも、今や裏社会の酒ブローカー。棚にズラッと並んでいた焼酎の瓶は、全部“没収対象”。
家で晩酌してただけのお父さんも、密告されて逮捕。
「この人…飲んでました!」と、隣人が平気で通報する監視社会。
酒が無くなったら人々はどうなるか

ストレス発散の手段が酒から消えた人々はどうなるか?
家庭崩壊、職場荒れ放題、DV増加・・・。
国家はこう言う。
「飲酒という悪習が消え、社会は健全に前進している」
いや、どこが???
人々は笑顔を失い、大人はいつも怒っていて、子どもは親の顔色をうかがい続ける。ストレス社会の完成である。
・・・ほら、節度なく飲むやつがいるから、こんな未来が来るんだよ。責任、取れんのか?俺たちのささやかな楽しみを奪ったお前。地獄へ落ちるがいい。
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