
先日、Yahoo!ニュースに掲載された「『ディズニー行ったことないの可哀想』で仲間外れに。『体験格差』を振りかざすママ友たちの狂気【専門家解説】」(FORZASTYLE配信)という記事を読みました。
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テーマは、いわゆる「体験格差」。ディズニーランドなどの有料レジャーをめぐる“格差”が、親や子どもの間に妙な優劣意識を生み、それがいじめのきっかけになることがある――という内容でした。
記事の専門家コメントでは、子どもにとって大切なのは「お金をかけた回数」ではないと強調されていました。近所の公園で虫をつかまえること、家族で夕食を囲むことだって、子どもにとっては等しく貴重な体験だ、と。
正直に言えば、私はディズニーランドがあまり好きではありません。
作り込まれたエンターテインメントを「すごい!」と楽しめない、ちょっとひねくれた性格なのかもしれませんが、アトラクションを前に「中におじさんが入ってるんだろうな」と考えてしまう。1時間以上も行列に並ぶのは、時間も体力もお金ももったいない気がしてしまうのです。
そんな私にとって、「ディズニーに行ったことないの?かわいそう」というフレーズは、正直ばかばかしいとしか思えません。
ディズニーに限らず、特定の体験を“持っているか持っていないか”で人を値踏みする発想自体が、貧しさを感じさせます。
思い返せば、子どものころの宝物は、身近な自然の中にありました。友達と「秘密基地」を作ったり、水源を掘り当てたり、山道を探検したり――お金は一切かからないけれど、どれも忘れられない冒険でした。
あの経験こそが、自分の中の「世界の広さ」を育ててくれたと思っています。
体験格差を振りかざす人たちは、ブランド物をひけらかす人と似ているのではないでしょうか。
ブランドそのものの良さを理解しているのではなく、「みんなが評価しているから」身につける。周囲の視線によって自分の価値が上がったように錯覚しているだけです。
そして世間の関心が別のものに移れば、また次の“流行”へと乗り換えるのでしょう。
本当に残念なのは、そうした大人が子どもに与える影響です。
「○○を体験した人=えらい」という価値観を、無自覚に植えつけてしまう。結果、子どももまた周囲の目に振り回され、自分自身の価値を見いだせないまま大人になってしまうのではないでしょうか。
もちろん、「周囲に合わせるのが好きで、それが幸せ」という人もいるでしょう。それを否定するつもりはありません。
けれど、他人の価値基準にすべてを委ねてしまう生き方は、とてももろい。たとえば収入が急に減ったり、環境が変わったりしたとき、その人の“生きる喜び”は一瞬で崩れ去る危うさをはらんでいます。
体験の多さは、人生の豊かさの一部かもしれません。
でも、それは「どこへ行ったか」「何を買ったか」だけで測れるものではないはずです。大切なのは、どんな出来事も自分の感性で味わい、意味を見つける力。
「体験格差の罠」にハマらないためには、周囲の評価に惑わされず、日常の小さな体験の中に価値を見つける目を養うことが欠かせないのだと思います。
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